休みの日、私は電車で東京方面に向かっていた。
ドアからすぐ近くの手すり付近に立って車内を見渡していると、
次の駅で青年が一人乗りこんできた。
その青年はちょうど私と対角線のドア付近の壁に、だらっともたれるように立った。
オーバーサイズのショート丈のダウンジャケットに、
幅も長さもダボダボで床をこすっていそうなズボン、
顔ほどの大きさがありそうなでっかいヘッドホンをして、
流している音楽に体を少し揺らしながら、せわしなくスマホをいじっている。
シャンシャンとヘッドホンの音漏れが聴こえてきそうな見た目のうるささを感じた。
(少し離れているので実際には聴こえない)
絵にかいたような若者だなあと思って見ていると、
次の駅で長女とベビーカーに次女を連れたお母さんが電車を降りようとしていた。
お母さんはベビーカーを押しながら先に長女を行かせ、はい、降りて、と言ったが、
長女はなかなかホームへの一歩が踏み出せない。
見たところ二歳くらいの女の子は片手にぬいぐるみをぎゅっと抱いていて、
もしかしたらいつもより幅のある電車とホームの間の溝に
一歩を踏み出せないでいるように見えた。
ドアが開いている間にみんな降りられるかな、と反対側のドアから見ていると、
見た目うるさめな若者が動いた。
後ろから長女の脇を抱えてホームに下してやり、
それからベビーカーの前方をさっと持ち上げて、こちらもホームに下してやった。
ものの5秒くらいの出来事に、私はびっくり見とれてしまった。
相変わらず青年はでっかいヘッドホンをしたままだったが、
お礼を言うお母さんに笑顔で大きく会釈をして、
ホームを歩き始めた長女がブンブン手を振ると、
それにこたえて笑顔でブンブン手を振っていた。
顔は見えなかったが、後ろ姿でも笑顔なのが分かるようだった。
ホームから手など振られて、自分がひとり電車に乗っているとき、
私はどうも周りの視線が気になって、こっぱずかしくなって小さくしか手を振れない。
あのホームの人が手を振っているお相手は誰だ、と車内で注目を浴びるのが
(多分ほとんどの人が気にしていないのに)なんとなく恥ずかしい。
青年はそんなちっさいことは気にせず、女の子からの感謝の手振りに全力で応えていた。
第三者なんかほうっておいて、二人の関係だけをただ大事にしているところが、
とっても素敵なひとだと思った。